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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

十、仙台平の御袴の事 並につれない挨拶の事

十、仙台平の御袴の事

並につれない挨拶の事

南品の海を一眸におさめる八つ山の高台に、宏壮輪奐を極める大邸宅がある。古式の鏡餅を飾った書院造の大玄関へ今しも立現われて来たのは、黒羽二重の紋服に仙台平の袴を折目高く一着に及んだ、五十二三の福々しい恵比須顔。朱を塗ったような艶々しいのは屠蘇のせいではない、日頃の栄養がいいからで。

これなる人物は新興コンツェルンの花形として近代日本の産業界に隠然たる大勢力をなす林興業の親玉、林謹直。ひれ伏す文金高島田の間をズイと通り抜け、テラテラと磨き込だ檜の式台へ降りようとするところへ書生が駆けて来て、道灌山の前田組の大親分から大至急のお電話でございますと告げる。

林は急ぎ足で電話室まで戻ると受話器を耳に当てて、うむ、うむと頷いていたが、やがて不安気な声に変って、

「なに、日興の鶴見組が内山下町で騒いでおると! ひょッとすると、……そうそう、もしそんなつもりなら放って置くわけにはゆかん。よし、すぐ行く」

と電話を切るとあわただしく式台から走り降り、車寄せに控えているオヴァーランドに乗込んで、

「おい、内山下町へやれ、早く早く」