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わかむらさき

わか紫

泉 鏡花

「新小説 第十年第一卷」1905(明治38)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,708 字 · 75 页

青空文庫

ところが昨日珍らしく、箱根から熱海へ廻ろうという二人、江戸の客人がござりやして、このおじいと棒組で、こうやって二台曳いて参りやした。

小田原を昨日八ツ時分に出ましたんで、熱海へ着いて、対孝館へ送り込みましたが、昨夜、もう十二時頃。

五両と三両纏った、穀の代を頂いたんで、ここで泊込みの、湯上りで五合極めた日にゃ、懐中も腕車も空にして、土地へ帰らなけりゃならねえぞ。どうせ戻り腕車はねえんだで、悪くすると、お客をのせて山越を、えッちら、おッちら、こちとらが分際で、一晩湯治のような寸法になりそうだ。一番このまんまで引返せと、へい、おじいも気が合って、そこで、もし。

一膳めし屋で腹を拵えて、夜通し、旦那、がらがら石ころの上を二台、曳摺って、夜一夜山越しに遣って来やしてね。明け方ちょうどここン処まで参りやすと、それ、旦那。」

と谷の方を瞰下した、雲おじいも斉しく其方を。

旅客はかえって、娘をちょいと見たのである。

「お関所でござりやしょう、里心というんじゃねえんだが、妙てこに昔懐しくなりやしてね。」

「へい、私等、こう見えて、へへ、何も見得なことはござりやせんが、これで昔の雲助でござりやす。