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やまうらきよまろ
山浦清麿
吉川 英治
「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,573 字 · 91 页
それだけは……』
『待て――』清音は、抑えて、
『その善悪を、糺すのではない。唯、お前に告げておくのは、わしの見るところ、この儘では、お前の身辺が危いことだ。そちの本心は、どうあろうと、幕吏が眼をつけて、縛り上げようとすれば、いくらでも罪悪の名目はつけるぞ』
『はい』
『ここ暫く、江戸から足を脱け。ほとぼりが冷めたら又帰って来い』
『でも、武器講の御迷惑をかけ放しでは……』
『偽りを申すな。今のそちの精神として、幕府方の侍共の腰の刀が鍛てるはずはない。江戸に居たとて、出来るものか』
『…………』
『金の方も、後の始末も、清音が身に負って致してつかわす。何処なと、当分、遠国へ行っておれ』
『……はい。死後までも、御恩のほど、忘れませぬ』
『そう感じてくれたら、一刀でもよい。大君を護り奉るに足るような銘刀を鍛て。――この窪田清音は、徳川譜代の臣じゃ。今にも、事こそあれば、喩え勤王方の兵であろうと、この老骨に、伝来の一腰横たえて、戦うやも知れぬ』
六十も越えて、眉もすでに白い人の、その眸の奥に、清麿は初めて、真の徳川武士というものを見た心地がした。
清麿が、江戸から、忽然と姿を消してしまったのは、それから数日の後だった。