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にっき

日記

宮本 百合子

09 一九二三年(大正十二年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,193 字 · 131 页

青空文庫

タイチが描かれた場合、そこには、哲学を知ったゴーガンと云う一つのはっきりした反射鏡があるから、まるで異う。

彼の手紙を読んで居ると、自分迄苦しくなる。

何だか芯の疲れたような、それで居て、あらゆる衣類などは脱ぎすて、草の上にじかに座りたいような焦心が、一層募る。

◎

余り蒸し暑いので寒暖計を見ると、七十一度を少し越して居る。夏の時候だ。勿論、うちの寒暖計は、先住の人の置土産で、こわれて居るかもしれない危ういものだが。

暑い故か、眠りのやや不足な故か、自分の気持はひどく沮喪して居る。電車の音やその他の物音がやかましく、庭の景色もつまらなく見え、どうにかして、豊かな自然に埋まって、眩ゆくない、極静かな部屋で仕事に没頭したいと云う気ばかりが激しく動く。

静けさと、やたらに美しくはなくてよいから、樹木と草の生えた土地の広い拡りが身辺にあったら、どんなによいだろう。

静謐な、実に活々とした自然に対する憧れは、都会の貧弱な貸家に住って一層痛烈なものとなる。

隣りに続いて居たぼろ長屋が壊れたので僅かの空地が出来、今までは見えなかった彼方の家々の断面が、縁側から頭を一寸延すと見えるようになった。