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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页

青空文庫

このとき、背後で、馬の蹄の音がした。

「マン坊」

と、声をかけられた。

ふりかえると、馬に乗った一人の筒袖姿の青年が、ススキの深い曲り道から、姿をあらわした。

「時やんけえ、びっくりしたあ」

「びっくりするこたあ、なあじゃろ。狐じゃあるまあし。……ほれ、郵便じゃよ」

「どこからな?」

「門司の林助兄さんからと、……こっちの方は、専売局じゃ」

「専売局?」

マンは、どきっとした。

大川時次郎は郵便配達夫である。柿ノ坂の郵便局まで来る郵便物を、彼は馬に乗って、部落々々に配達して廻る。ときには、書留や小包などの大切な物も扱うので、信用の置ける者にしか委せられない。時次郎は、その点では村中での模範青年といってよかった。さらに、雨、風、雪、嵐のときにも、配達を休むわけにはいかないので、身体の頑健な者でないと勤まらない。その点でも、草角力の横綱である時次郎は、最適任者であった。

「おやあ」と、馬上から、時次郎は、マンの顔をのぞきこむようにして、「マン坊、泣いたのとちがうか」

「うんにゃ、泣きはせん」

「それでも、一杯、涙がたまっとる。マン坊の泣き虫は珍しゅうはなあが、また、村長の二男坊から、いじめられたとみえるなあ」