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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
麻生の本船係が、ほっとしたように、金五郎に、いった。
「そうしましょう」
金五郎は、ひどく浮かぬ顔をしていた。
「いや、君のおかげで、無事に、すんだよ。ありがとう。一時は、どうなることかと思った。偽の譲渡証を作って、仕事を奪おうなんて、ひどい奴等だね。……でも、よかった。よかった」
金五郎には、勝利の快感など、まるでなく、或る後めたさで、気が滅入って仕方がなかった。
「玉井、早よ、仕事に掛かれ」
永田杢次は、満面に、よろこびと、得意のいろをうかべて、金五郎をうながす。
マンも、
「あなた、すぐに、はじめたら、……」
と、憂鬱そうな夫を、不思議そうに、眺めて、顔をのぞきこんだ。夫の両眼に、なにか、きらめいているものがある。涙だと知って、マンは、はっとした。とっさには、それが、なんの涙なのか、理解出来なかった。
「あなた……?」
どうなさったの?――それは、心の中でいって、金五郎に、近づいた。
「ようし、仕事、はじめえ」
マンを避けるように、金五郎は、くるりと廻転すると、右手を高くあげて、叫んだ。マンには、顔を見せず、舷側の棚紐をつたって、猿の敏捷さで、瞬く、間に、高いパナマ丸のデッキを躍りこえた。