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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
さすがに真名古もこの奇縁に驚いたらしいが、この方は例によって瞼を開けてちょっとその顔を眺めただけである。
容貌というものもこれだけ美しければ確かに一つの事件である。たとえば銀座で擦れ違う美人の数は多いが、眼を瞠らせるというのはそうザラにはない。花子の顔はその数少ないうちの一つ。類型をもって説明すると、宮本三郎描くところの、近代の快活と純情を花のように咲き出させたあの美少女の顔立ち。こういう顔に出合うとどんな男性も一応生き甲斐を感じるのである。花はその美しい顔にもったいないほどの微笑を浮かべながら、様々に礼を述べていたが、真名古が警視庁の者だと名乗ると、そのあどけなさも微笑も、まるで朝日に逢った霜のように消えてしまって、上眼使いでオドオドと真名古の顔を偸視するようになった。もっとも警視庁の捜査裸長などは、どんな愛想のいい娘でもそう安々と歓迎する筈はないから、このくらいのことはあたりまえであろう。それでも、上り口では余り失礼だと思ったのか、真名古を導いて二階の自分の六畳に通した。
箆台も針箱もきちんと壁際に片附けられ、蔽布を掛けたミシンの上にはまだ蕾の固い紅梅が一枝。