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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
第五回
十四、毬栗頭の事 並に二九五カラットの事
「おお、有明荘が見えるな。あの右から二番目の二階の窓が鶴子が身投げをしたという窓だね」
「そうですの」
真名古はゆっくりと花の方へ向き直ると、
「娘さん、お前さん昨夜何時ごろに寝たかね」
この質問に縫子の花の全身にひどい変化が起きた。一口にいうと猟犬に追いつめられた小鹿のような、切羽つまった眼つきをして真名古の面を見返していたが、やがて畳の上に突っ伏してワッとひと泣き泣くと急に面を挙げ、
「あたしいろんなことを知ってるんです」
真名古は驚かない。陰気な眼を伏せたまま、
「ほう、どんなこと」
花は唇を顫わせながら、
「あたし、……あたし何もかも見ていたんです、この窓から」
花は一体何を見たというのであろう。
第五回
十四、毬栗頭の事
並に二九五カラットの事
乙亥元旦午前四時二十分、赤坂山王台アパート有明荘に住む安南国皇帝宗竜王の愛妾松谷鶴子が、二階玄関の窓から三十尺ほどの崖下に墜落して怪死を遂げた。その席には皇帝だけしかおらず、不幸なその窓の開閉する部分は床から五尺ほど上についているので、踏台でも使うのでなければ自発的にそこから飛出すことは困難である。この情況によって皇帝を加害者と認定することは容易だが、その人を殺人犯人として告発するのはそう容易いことではない。