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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

死んだひとにすまないから」

聞いているのかいないのか、真名古はうっそりと腕を組んで何か考えているようだったが、やがてモゾモゾと上衣の衣嚢をさぐって、鼻紙といっしょにつぶれかかった板チョコレートを取り出して花のほうへ差出し、

「一つおあがり」

花はキッと口を結んで、

「あたしを子供だと思ってるのね。そんなことをしたって駄目、言いませんわ」

真名古は一旦引っ込めかけたチョコレートをまた取出すと、包紙の上にたまった芥をフッフッと口で吹き、覚束ない手つきで銀紙を剥し始めたが、チョコレートはとろけかかっているので思うように渉らぬ。垢のたまった小指の爪で長い間かかって丹念に掻きとると、陰気な声で、

「ま、おあがり、汚くはない」

といいながら、べったりと畳の上に置く。見るからに気の重くなるようなたどたどしいやり方。

真名古はこんなに無器用な男ではない筈だが……。どのような名優も真名古ほど巧みにこの場面を演じ終わせぬであろう。これがもし芝居だとすると、いっそ辛辣すぎるというほかないのである。

花は気味悪そうに下眼使いでチョコレートを眺めていたが、やがて思い切ったように、有難う、といってそれを口に入れ、マジマジと真名古のようすを眺めていたが、急にフッと涙ぐんで、