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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
花は畳に突っ伏して、
「そうと知ったらあんな事をいうんじゃなかった。ああ、どうしようどうしよう」
と身体を押揉んで身も世もないように愁嘆する体だったが、やがてキッと顔をあげると、
「こんなことをしてはいられない。ともかく早く王様をお逃がししなくては」
と身仕度もそこそこに、押入から風呂敷包を取出して大切そうに胸に抱え、格子戸を引開けながらフト小径の方を見上げると、今しも真名古は黒いインバネスの袖を大鴉の翼のように羽搏かせ、木枯に吹き捲られながら飄々と有明荘の方へ上って行く。花は切なそうな眼つきでそれを見送っていたが、ブルッと身顫いをすると手早く玄関に錠をおろし、駆けるように山王下へ。
真名古は有明荘の玄関に立って、入口の扉の電鈴装置や引込外線の接続部などを調べていたが、それがすむと取っ付の階段からツカツカと二階へ上って行く。鶴子の住居の玄関の前に私服が一人立番している。
「検視がすんでからだれかこの内部へ入ったものがあるか」
「九時頃総監殿がお入りになっただけです」
「事件のあとからずっとここにいたか」
「ずっとここにおりました」
「勝手口の方は」
「同様、ずっと同僚が」