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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
立番の私服には眼もくれず、紙包を廊下の端へ差押くと、仔細に廊下を調べ始める。階段の下り口のところに葉巻の灰が落ちている。皇帝と同じ葉巻を喫う男がこの階段を降りたか上るかしたことが判る。階段を降り切ったところに五分の一ばかし喫われた、まだ火をつけたばかりの葉巻の吸殻が転がっている。これで葉巻を喫った男が階段を昇ったのではなく、降りたのだということがわかる。葉巻の吸殻がここに落ちているのに、その灰が二階の廊下にある筈はないから。葉巻に眼を近付けて見ると、葉巻は灰の方を頭にして垂直に床に落ちたことがわかる。その男はここでよろけるか膝をつくかして、口から不随意に葉巻を落したに違いない。手に持って投げ捨てたのならば、多少の弾みがつくから、決して垂直には落ちぬ筈である。リノリュームの床に目を寄せて見ると、葉巻の吸殻のある少し先から、リノリュームの上に何か引摺ったように二本の光の線が始まって玄関の方へ続いている。まもなくリノリュームは終ってモザイクの床になってしまったので、二本の線は見えなくなっている。真名古は二階の廊下へ引返して、さっきの包みを取上げると、玄関番のお馬の部屋へ寄って、出入の左官の家と、今朝スチームの通り始めた時間を訊ねると、飄々と有明荘を出て行った。