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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
たとえイミテーションでも王様の寝心地というものはなかなか素晴らしいものだったに違いない。
どういう廻り合せか、前夜松谷鶴子の死体の傍にいたばかりに、一躍して安南の皇帝になってしまった。加十にいわせると、間違うのは向うの勝手で、俺のせいではないのである。加十は多少の官憲とお馬婆を除いては、同業はもちろん、この広い東京に誰一人知るものもない「安南帝国皇帝宗竜王の殺人」というこの大事件を、最後のドン詰りまで見届け、是が非でもこの大スクープをモノにする決心でここにネバっているのだが、こんな呑気なことをしていてもいいのであろうか。加十がここで仮睡をしているうちに、事件はどうやら加十などの手に負えないほどに大きく発展し始めたのみならず、皇帝の顔を見知っている林謹直にこの卑賤極まる寝顔を見られてしまっている。加十の運命たるやまさに風前の灯火なのである。
が、加十はそんな事は知らないから、ウゝムと伸びをすると例によって荘重な声で、
「カム・イン」
といった。
扉を開けて入って来たのはノッポの給仕長。小鴨の蒸焼や伊勢海老のマヨネーズや、網焼牛肉などを大きな盆に載せて持ち込んで来たのが、例の偵察用の鏡に映じ出される。