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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

の見物に出掛け、酒月は自然に留守居の形になってここに坐り込んでいるんだが、それにしても幸田が出かけてからもう五時間になる。酒も飽き、どうにも手持無沙汰になって柱時計ばかり見上げているところへ、四時間近くになってようよう幸田が帰って来た。前後の関係からいうと、皇帝誘拐の真名古の報告とともにフランス大使が明朝午前四時に皇帝謁見に赴くという情報で、警保局が愕然と色を失ったその時刻に当たるのである。

酒月は癇癪を起したような声で、

「遅かったじゃないか、どうした」

ときめつける。幸田は地響きを立てて長火鉢の前へ胡坐をかきながら、

「警保局から社へ廻って新聞の大組みをしていると、志摩徳の家来の、例の東京貴石倶楽部の松沢がやって来てナ、それで今まで話し込んでいたんだア」

「ひとの気も知らねえで。……で、どうなんだ一件の方は」

幸田は事もなげに、

「お土砂お土砂、グウの音も立てずサ」

といい放すと急に膝を乗出し、

「それはそうと、また妙な話があるんだ。……急ぐからかいつまんで話すが、去年の春ごろ、関西に何か大きな出物があって大阪貴石倶楽部の大所がだいぶ動いているという噂がチョイチョイ耳に入った。