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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
「いや、是非ともやる。……そこで相談だがナ、お前は諜報部長だから、いろいろと変装の術などを心得ているだろう」
秀陳は胸を張り、
「左様なるお尋ねは、失礼ながら、しょせん、御無用なのでござります。手前ら、職掌柄と致しまして、変装に必要なる品々は常に手元に備えてあるのであります」
ひょっとすると、此処を逃げ出せるぞ。そうしたら、すぐ日比谷公園へ行って……、加十は嬉しがって膝を乗り出し、
「じゃァ、ひとつ……、郵便切手の肖像にあるような顎髯を生やしてくれ。俺はこれからお前と散歩に出かけるつもりなんだが、東京では、安南と反対に、この素顔が知られすぎていて少々まずいのだ。それに、危険でもある」
秀陳は重々しく頷いて、
「ああ、それこそは至当なる御配慮なのでありまする。至尊の御身上であっては、その御用心はけだし当然なのでござりましょう」
といって部屋を出て行くと、間もなく古風な手提鞄を提げて戻って来、キチンと整頓された隔劃の中からウイグ・ニスと毛束を取出し、失礼ながら、といって加十の顎にニスを塗ると、細いピンセットを使って丹念に一本ずつ髯を植え始めた。
やっとこさで出来上った。