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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

酒月にしろ、尻尾を掴まれて抜きさしのならなくなるような、そんなヘマをしなかったことは、一味徒党のこの俺が誰よりもよく知っている。とすると、一体、誰がなんの必要があってそんな手のこんだことをやりやがったのだろう」

黒髯の人物とは、余人ではない、すでに毎度お馴染の夕陽新聞記者古市加十。今朝、松谷鶴子殺害事件の現場で、皇帝に間違われて帝国ホテルに送られ、紆余曲折を経たのち、皇帝紛失の世評を防ぐため、窮余の一策に、本当の皇帝が発見されるそれまで、皇帝の身代りにここへ差し置かれることになったが、ツラツラ事後の事情を思い合わせるところ、紛紜を恐れてどこかへ蒙塵されたとばかし思っていたその皇帝は、実は反対に誘拐されたのかも知れぬ、という疑いが濃厚になった。そういえば、有明荘の住人の一人である村雲笑子が、皇帝のいる「巴里」へ無理やり自分の手を執って引張って行ったことも怪しいし、皇帝が特別に自分に興味を示したことも怪しい。また鶴の噴水が歌を唄ったことだってヒョッとするとこの事件に何かの繋がりがあるのかも知れぬ。加十はまだ駆け出しだが、それでも雑報記者の端しくれだから、この辺を突ついたら皇帝紛失の真相が知れるかも知れぬと急に勇み立ち、安南から密使に来た諜報部長の宋秀陳が、加十を本当の皇帝だと思い込んでいるのを幸いに、うまく