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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
が、仄聞するところに依れば、幸田節三は四五日以前に一升壜を携げて例の奇人的理学者兼清博士の蓬屋を訪ね、胡座の膝を交えて博士の怪気焔を拝聴したということだが、幸田節三のこの不敵な思い付きはそのおり博士に暗示されたものらしいというのである。何しろ相手は人の顔さえ見れば、奔放自在に真偽不明の怪理論を述立てる習癖を持つ博士のことだから、幸田節三ももちろん博士の出鱈目を丸々信じたわけではない。いかに博士が力説しても、元日の午前九時十二分に噴水の鶴が鳴くなどというのは、一分の偶然は期待出来るにしてもあとの九分は山勘である。
幸田節三は平素、新聞の発展は度胸に比例するという卓越した見解をもっている人物であるから、この九分の危険率を問題にするような気の弱い男ではない。一分の成功率さえあれば猛然と思い付きを実行に移すだけの殺気と胆力を持ち合わしているのである。
ああ、仮りにいかなる偶然かによってあたかもその時間に鶴が鳴いたとしたら! 夕陽新聞の地位は大盤石の上に据えられるのである。然し反対に鳴かなかったらその結果はいうだけ野暮であろう。幸田節三は激昂した群集に袋叩きにされるぐらいが落ちではない、夕陽新聞の息の根はそれによってハタと止ってしまうのである。