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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

王様は初めからここにはいなかったのである。安亀の手の中にこんな手紙があった。金釘流の稚拙な文字でこんなふうに書かれてあったのである。

王様はここにはいない。嘘をいって済まぬ。岩井さんを東京から落すために、こんな騒ぎをしたのだ。親分ゆるしてくれ。

もう長々と書く必要はあるまい。この事件の結末をエピローグふうに述べよう。

一月元日の早朝以来、警視庁が全機能をあげて必死の努力を続けた甲斐もなく、とうとう規定の時間までに皇帝を捜し出すことは出来なかった。フランス大使の乗った汽車は四時二十分に東京駅に到着し、大使は直ちに帝国ホテルに伺侯した。

支配人の案内で大使が応接間へ入って行くと、ゆっくりと扉を排して王様が出てこられた。いつものように、ノンシャランな口調で、

「おはよう。あなたがいらしたのは、帰国の勧告でしょうか、それとも、ダイヤモンドのことでしょうか。どちらにしろ、わざわざこんなに早くお出でになるには及ばなかったのでした」

といって、チョッキのかくしから、あの大ダイヤモンドを取り出し、それをほのぼのと机の上に差し置かれた。

王様をホテルにかえしたのは安亀だったのである。