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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页
北の町奉行は安政五年五月二十四日より石谷因幡守穆清が勘定奉行から転任していた。弘庵を尋問した奉行が池田であったとすれば、弘庵逮捕の日は十月四日に非ずして十月八日夜であるらしい。
なおまた依田学海の談話には弘庵の家を御徒町となしているが、これは長者町の誤であろう。弘庵が『近世名家詩鈔』の序に「歳在戊午。書於江戸長者坊之新居弘庵漫士。」〔歳ハ戊午ニ在リ。江戸長者坊ノ新居ニ書ス弘庵漫士〕としてある。弘庵は三味線堀から長者町に転居したのである。
十一月十七日に杉井大沼次郎右衛門が没した。享年七十五。杉井の墓誌その他の事は本書の第二章に言って置いたから再び贅せない。遺族は妻某氏、養子又三郎、その妻村田氏である。又三郎は下田奉行手附でこの年四十一歳である。
十一月十五日、暁丑の刻、神田相生町から起った大火に横山湖山はお玉ヶ池の家を燬かれてその妻と乳児とを扶けて箱崎町なる武家某氏の長屋に立退いた。湖山はこの火災に平生の詩稿を蕩尽した。その集『火後憶得詩』の序を見るに、「余ノ吟咏ヲ好ムヤ二十年来作ル所千余首ヲ下ラズ。去月望、都下ノ大災延イテワガ廬ニ及ベリ。炎威惨虐ニシテ百物蕩尽セリ。