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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页

青空文庫

第三

」〔山ヲ下リ水ニ近ヅカント又移居ス〕の七字おのずから不忍池の近きを思わしめる。

第三

大沼竹渓が江戸の詩壇におけるその名声と、それが交遊の範囲とはこれをその詩賦について見ればおのずから詳である。

竹渓が柴野栗山と交のあったことは「十月既望栗山翁碧瓦堂。」〔十月既望栗山翁ノ碧瓦堂ニテ〕と題した七律によって知られる。古賀精里が牛込見附内の賜邸復原楼を題となすものは遺稿中三首の多きに及んでいる。その一に曰く「三畝竹陰唯一家。書窓恰好話烟霞。蓮峰背日如無雪。梅塢籠烟似有花。室絶繊塵占虚白。詩依古調去浮華。羨君来往茶渓路。朝命軽舟暮小車。」〔三畝ノ竹陰唯一家/書窓恰モ好シ烟霞ヲ話スルニ/蓮峰日ヲ背ニシテ雪無キガ如ク/梅塢烟ヲ籠メテ花有ルガ似シ/室ハ繊塵ヲ絶チテ虚白占メ/詩ハ古調ニ依リテ浮華ヲ去ル/羨ヤム君ガ茶渓ノ路ヲ来往スルヲ/朝ニ軽舟ヲ命ジ暮ニハ小車〕この転結の二句はわたくしをして古賀精里が牛込見附とお茶の水との間を往復した光景を想像せしめる。復原楼は現時麹町区富士見町陸軍軍医学校のある処だという。鴎外先生が『伊沢蘭軒』の伝に詳である。

竹渓は精里の男庵の舅に当る鈴木白藤とも相識っていた。