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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页

青空文庫

第三十三

本年十月三日枕山先生、昆渓翁、雪江、蘆洲、柳圃、董園ノ諸先輩及釈智仙、琴抱ノ二師ト同ジク有明楼ニ会シ倶ニ絶筆ノ韻ヲ次ギ鵞湖画ク所ノ肖像一幅ヲ壁間ニ挂ケ酒肉ヲ供ヘテ奠儀ヲ行フ。」云々。鵞湖は南画家鈴木氏である。

十二月十四日、枕山は亡友竹内雲濤が小祥の忌辰に再び追悼の詩会を某処に開いた。『枕山先生遺稿』にその時の絶句が二首載せられている。また『慶応十家絶句』には植村蘆洲の作に大沼枕山、長谷川昆渓、関雪江、沢井鶴汀、釈智仙らの相会したことが識されている。雲濤の忌日については十二月十四日と十一月二十八日との二説があるが、以上二家の作について見れば十二月十四日が正しいようである。

第三十三

文久四年甲子正月大将軍徳川家茂が復び海路を取って上洛した。枕山が元旦の絶句に曰く、「文久正当甲子年。吾王千里駕楼船。好将瀲※(「さんずい+艶」、第4水準2-79-53)曙堂酒。祝向渺漫春海天。」〔文久正ニ当ル甲子ノ年ニ/吾ガ王千里楼船ニ駕ス/好ミスルニ瀲※(「さんずい+艶」、第4水準2-79-53)曙堂ノ酒ヲ将テシ/祝フニ渺漫春海ノ天ニ向フ〕

三月に至って元治と改元せられた。