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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页

青空文庫

第十五

就中著題ノ詩ハ特ニソノ長ズル所ナリ。篇什二百余首ニ及ブ。富メリトイフベシ。今茲乙巳余鄙作『詠物詩』ヲ再刊スルノ挙アリ。乃上人ノ詩ノ尤モ傑スル者百有余篇ヲ採リ、マサニ併セテコレヲ梓セントス。集中ニハ花ニ月ニ唱和シタリシ作十ノ六、七ニ居ル。以テ当時ノ興会ヲ存ス。」云々。『梅痴詠物詩』の板刻が竣成したのは翌年の三月頃である。

第十五

弘化三年丙午正月十五日、本郷丸山から起った火災は江戸大火中の大火に数えられているものである。湯島の聖堂は幸にして類焼を免れたが昌平黌の校舎と寄宿寮とは共に灰燼となった。

この時鷲津毅堂は既に江戸にあって昌平黌に学んでいた。毅堂の随筆『親灯余影』の序に「丙午ノ春余昌平黌ニアリ祝融ノ災ニ罹リ平生ノ稿本蕩然トシテ烏有トナル。」としてある。毅堂の江戸に到着した日は詳でない。しかし前後の事情より考るに弘化二年の冬より以前ではない。

蒲生※(「耿/衣」、第3水準1-91-83)亭が『近世偉人伝』中星巌の伝後に附けてある毅堂の評語を見るに、「余笈ヲ負フテ東ニ来ルヤ星翁既ニ西ニ帰ル。イマダカツテ面識アラズ。癸丑ノ冬翁薩藩ノ士鮫島正介ニ托シ突然書ヲ恵マル。