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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页

青空文庫

」云々。

今細井平洲の安永九年庚子の歳始めて尾公徳川宗睦に聘せられて侍読を命ぜられた時の待遇をその墓碑銘について見るに、座席は親衛隊のまさに列せられ廩米三百包を賜ったのである。天明三年に至って明倫堂督学となり、天明四年廩米百包を加増せられ六年改めて歳禄四百石を賜り班を親衛騎将の上に進められたのである。

毅堂の履歴は『日本教育史資料』に収載せられた名古屋藩の記録に審である。

「慶応二年寅三月五日文学御用向相勤候に就き御扶持二十人分被下置。御表江罷登り可相勤候。御用人支配の事に候。」

「同年五月三日被召出。奥御儒者被仰付。御切米五拾俵被下置候。百俵の高に御足高被下之。座席は明倫堂教授次座たるべき旨。」

「同月同日。元千代様御読書御相手御用。阿部八助と申合せ相勤め并に侍講をも相勤め候様にとの御事に候。」

徳川元千代は尾州家最終の藩主で時に年七歳である。その父前大納言慶勝が安政五年七月将軍家後嗣の事に関して井伊大老の諱む所となり退隠を命ぜられた時、元千代はまだ生れていなかったので、慶勝の弟茂徳が尾州家を継いだ。茂徳は文久三年九月十三日に隠居し名を玄同と改め、慶勝の男元千代が藩主となった。