轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页
」〔数口ノ一家三処ニ看ル〕の語がある。そして註に「内子及ビ児俊、女恒ハ尾張ニアリ。長児精ハ東京ニ留ル。」としてある。
毅堂はまた中秋のころ松浦武四郎の著した『林氏雑纂』の序をつくった。『林氏雑纂』は林子平の遺著を編輯したもので、毅堂の叙に、「(前略)余登米県ノ知事ヲ承命シ陸前ノ国ニ来ル。国ノ先哲ニ子平ソノ人アリ。ソノ事迹ヲ表章シテ以テ後進ヲ奨励スルハワガ職ナリ。シカモ兵乱ノ余仍飢饉ヲ以テス。県務ニ鞅掌シイマダ及ブニ暇アラズ。幸ニシテ子重ガコノ挙アリ。故ニ辞スルニ多事ヲ以テセズ。筆ヲ援イテ巻首ニ叙ストイフ。明治庚午仲秋鷲津宣光登米県ノ安遇斎ニ撰シ並ニ書ス。」
九月二十八日政府は石巻県を廃してこれを登米県に合併せしめた。石巻県の知事山中献が登米県知事に転任したので、毅堂はその日任を解かれた。帰京の途に就いたのは十一月三日である。『東京才人絶句』に「十一月三日登米県ヲ発ス。諸僚属ニ留別ス。」と題する作三首が載っている。その一首に、「満野繁霜禾既収。今朝解任意悠悠。帯皇威去了其事。無一※(「歹+亟」、第4水準2-78-1)刑兼瘠溝。」〔満野繁霜禾既ニ収メ/今朝任ヲ解カレ意悠悠タリ/皇威ヲ帯ビテ去キ其ノ事ヲ了ヘリ/一ノ※(「歹+亟」