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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页
これに由って見るも星巌のいかに池塘の景を愛したかを知るに足りる。
天保十年の夏は旱して六十日余も雨がなかったので、酒巻立兆の庭の芭蕉が枯れかかった。家の者が日々喞筒で水を濺ぐのを、星巌は珍しく思ったと見えて、「竜吐水歌」を賦した。
この年尾張の森春濤は一ノ宮の家よりしばしば丹羽村に赴いて鷲津益斎を訪うている。「益斎鷲津先生ニ呈ス。」の作に「宅不三遷孟母賢。」〔宅ハ三遷セズトイヘドモ孟母ノゴトク賢ナリ〕と言うを見ればこの年益斎の母はなお健在であったと思われる。春濤は二十一歳である。
秋に入って枕山はまた旅に出た。この春寄寓していた南総東金なる河野克堂の家に来って、「身慣江湖稀旅恨。夜窓聴雨客眠安。」〔身ハ江湖ニ慣レテ旅恨稀ナリ/夜窓雨ヲ聴キテ客眠安ナリ〕と言っている。森玉岡の著『両総吟嚢』という書に河野秀幹、字子貞、号克堂、俗称※(「門<言」、第4水準2-88-64)蔵、南東金人〔字ハ子貞、号ハ克堂、俗称ハ※(「門<言」、第4水準2-88-64)蔵、南東金ノ人〕として「秋日下墨水」〔秋日墨水ヲ下ル〕七絶一首が載っている。
枕山は秋より冬に至るまで房総の各地を漫遊し詩の講義と添削とに若干の礼金を獲て家に還り、十二月二十四日父竹渓が十三年忌の法事を営んだ。