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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页
毅堂は雪の夕わが家の門を鎖され、ここに翻然として志を立て蔭ながら母を拝して直に東遊の途に上った。かくて毅堂は元治元年四十歳の時、暫時帰省するの日まで、凡二十年の間慈母の面を拝することができなかったのである。
毅堂の母は丹羽郡赤見村の豪農磯貝氏の女で名を貞とよばれた。毅堂は生涯深く母の恩を感じ、晩年雪を見るごとに子弟門生に向ってその身の今日あるを得たのは、母のよく情を押えて雪夜家に入る事を許さなかった故である。もし慈君の激励に会わずばその身は碌々として郷閭に老いたのであろうと語っていた。これは下谷の鷲津氏の家について聞き得たことである。
往昔儒教の盛であった時代には、人は教訓を悦び美談を聴くことを好んだ。古人は事に臨んで濫に情を恣にせざる事を以て嘉すべきものとなした。喜怒哀楽の情を軽々しく面に現さないのを最修養せられた人格となした。今日はこれに反して情を恣にする事を以て人間真情の発露を見るものとなし、たまたま情を押えて忍ぶものあれば、目するに忍人を以てせんとするが如くである。江戸先哲の嘉言善行にして世に伝えらるるものは既に鮮くない。鷲津毅堂母子の逸事の如きは特に記すべき価なきものかも知れない。