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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

彼女はしきりに手を振って、足を抜こうともがいた。しかし、もがけばもがくほど、ぐんぐん足がはまりこんでいく。もうひざの近くまで砂の中にはいってしまった。こうなっては、足をあげようとしても、あがるものではない。足首を堅く縛られて、地の底へ引き入れられているのも同然だ。

やっと彼女は悟った様子である。そこがなんの足がかりもない底なしのどろ沼であることを悟った様子である。彼女の顔が恐怖にゆがんだ。目がとび出すほど見ひらかれ、口が大きくひらいた。そして、その口から叫び声がほとばしった。何を叫んでいるのかわからないが、もうひとりの女に救いを求めているのであろう。

だが、つい目の先に倒れている年増女は、比佐子を助けようともしなかった。双眼鏡をその顔に向けると、彼女がニタニタ笑っていることがわかった。さも小気味よげに笑っていて、立ち上がろうともしないのだ。

双眼鏡を比佐子にもどす。もうももまで没していた。スカートがふわりと水に浮いたように、砂の上にひらいている。しかし、もう白い砂ばかりではなかった。彼女がもがくにつれて、砂の下のどろ土がこねかえされ、スカートをよごしていた。