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にっき
日記
宮本 百合子
09 一九二三年(大正十二年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,193 字 · 131 页
西村氏と丸善で会い、星に行って、茶を飲んだ。自分は四時頃迄に帰る積りであったが、話はつきず、それ迄に帰るのは、全然不可能と判ると、逆に、夕飯に帰ってAと顔を会わせるのが、しみじみといやになった。二人きりで夕食をすませ、あと、知らん顔で、何とか云って糊塗出来る性分でないことは自分にも判って居る。父上を誘おうと思って事務所に電話をかけて見た。農商務省に集りがあり今晩は駄目とわかる。母上に会って置いて欲しいしするので、真直林町へ行くことにして、星を出たその時、西村氏は、Aには、自分と会ったことを云わないがよいと云う。
「病人には、病人を扱う心持が必要だ。真直にとるべきことを曲ってとる人には、誤解を招くようなことは云わない方がよろしい。」
然し、
「私は、意識して隠して置くようなことは出来ないわ。悪いことでもないのに」
笑って終ったが、自分には感が深いことであった。自分の正直さにも加減が加えられて居ることを思う。西村氏の方便も、世間の人間の大多数の陥る自尊心の欠乏から来る猜さと、何処かで通って居るような後味のわるさを感じる。
正直さと云うものが、天真爛漫の間に流露する場合をのぞいては、多く、よい意味の自尊心、対者に対する真の尊敬と云うものに係る為、大事に面して、二の足を踏ずに自己の真を顕し得るものは少い。