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さいしゅうせんそうろん
最終戦争論・戦争史大観
石原 莞爾
石原莞爾『最終戦争論・戦争史大観』。同一底本的分册已合并为一书。收入:最終戦争論、戦争史大観。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,783 字 · 305 页
トラウンは巧妙なる機動に依り一戦をも交えないで大王に甚大なる損害を与え、その全占領地を回復したのである。
外交状態も大王に利なく一七四四年遂に大王は戦略的守勢に立つの他なきに至った。そこで大王は兵力をシュワイドニッツ南方地区に集結、敵の山地進出に乗ずる決心をとった。敵が慎重な行動に出たならば大王の計画は容易でなかったと思われるが、大王は巧妙なる反面の策に依り敵を誘致し得て、六月四日ホーヘンフリードベルクの会戦となり大王の大勝となった。この会戦は第一、第二シュレージエン戦争中王自ら進んで企て自ら指揮したほとんど唯一の会戦であり(大王が最も困難な時会戦を求めたのである)、大王が名将たる事を証した重要なるものであるが、全戦争に対する作用はそう大した事は無く、敵はケーニヒグレッツ附近に止まり、王は徐々に追撃してその前面に進出、数カ月の対峙となった。けれども大王は兵力を分散しかつ糧秣欠乏し、遂に北方に退却の止むなきに至った。墺軍はこれに追尾し来たり、九月三十日ゾール附近に於て大王の退路近くに現出した。大王はこれを見て果敢に攻撃を行ない敵に一大打撃を与えたけれども、永くベーメンに留まる事が出来ず、十月中旬シュレージエンに退却冬営に就いた。