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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

09 一九四二年(昭和十七年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,952 字 · 130 页

青空文庫

ヴォラールの「セザンヌ伝」を読んでもらっていると、一八九二、三年頃「落選画家の展覧会」を開いた後でも、セザンヌがどんな扱いを受けていたか、ということがわかって驚かれます。絵具商のタンギイ爺さんというのがセザンヌ一派を熱愛して、たまにセザンヌの絵を求めてくる人があると、画室へ自分が案内して選ばせたのだそうですが、その画室には、一枚のキャンバスに小さいモティブの絵がいくつか別々に描かれていて、貧しい愛好家は一ルイ位出して林檎三つを買ってくる、というような風だったそうです。タンギイ爺さんが鋏を持って行くのよ。そしてそれだけ切ってくれるのですって。そういう風な売手と買手のいきさつのなかには、私達を深く感動させるものがあります。一ルイでセザンヌの林檎ならばこそ三つ買って、ホクホクして帰る小さいパリーの勤人、屋根裏の住人の心持を考えると、セザンヌが何を力にあの困難も堪えたかということもわかるような暖かさがあります。はでなサロン向の画商との所謂大家的取引とは何と違うでしょう。ゴッホは自分の弟を最も信頼する画商として持っていました。ルノアールは水ぽい絵描きですが、セザンヌに対しては厚い心を持っていた様です。