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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
のときに、お祝いを持って行こうと思うちょったのに、不精しとった。森君にも、君から、よろしゅういうといてくれると、ええ。……おうい」
吉田磯吉は、表に向かって声をかけた。応じる声がして、中年の俥ひきが、朱塗りの魚桶を、重そうにかかえて人づて来た。さっき、金五郎が誰か戸袋のかげに潜んでいると思ったのは、この俥ひきらしく、そこには、人力車も待たせてある様子だ。
水引と慰斗とをかけた桶の中には、青笹を蒲団に、巨大な赤鯛が二尾、イセエビが一匹、鯛の肌のうえには、「祝儀」の二字を太い筆でかいた奉書包み、それには、少からぬ紙幣束が入っているらしく、厚くふくらんでいる。さらに、一斗樽が運ばれた。
俥ひきが、玄関の框に、それらを置くのを、当惑した金五郎が、言葉もなく眺めていると、
「玉井君、そのうち、ゆっくり、遊びに来ない」
ぶっきらぼうに、そういった吉田磯吉は、俥ひきをうながして、表に出た。俥に乗った気配がし、もう暗くなった黄昏の道を、プッ、プウッ、と、ラッパの音が遠ざかって行った。
魚のにおいをかぎつけて、早速、猫が何匹もやって来た。それを追い散らしてから、金五郎は、端坐して、魚桶の前に腕組みしたまま、しばらく、動かなかった。