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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
浴室はいくつかあったが、「神の湯」という、ひろい湯槽に入った。
青く淀んでいる、ぬらりとした湯に、首まで浸ると、金五郎は、なにか、ぐったりとなって、不思議な疲れをおぼえた。白い湯気のなかで、眼をとじると、夢を見ているような心地になる。あまりよくない夢である。頭が重く、口中がほろ苦い。
その耳に、すぐ傍で、
「兄ちゃんや」
という、聞きなれぬ声が聞えた。眼をあけた。
さっきから、一人で、蛇口のすぐ下に浸っていた、角刈頭で、色の青黒い、全身に彫青をほどこした、眼つきの鋭い男である。
「わたしですか?」
と、金五郎は、問いかえしたが、すぐに、この男を見るのは、はじめてではないことに気づいた。
先刻、湯槽に降りて来る前、二階の大広間の脱衣場で、番茶をすすり、塩せんべいをかじりながら、清七と高話をした。そのとき、二間とははなれていないところに、浴衣の諸肌をぬいで一人の男が寝ころがっていた。その男にちがいない。むきだしの痩せた身体を、いっぱいに埋めつくしていた、般若と大蛇の彫青に、見おぼえがある。四十年配だ。
二人は、蜜柑のこと、※のこと、刀剣のこと、浄瑠璃のこと、黒石のヤスのこと――手あたりしだいに、話題をとらえて、駄弁を弄していた。