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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页

青空文庫

いつになく、苦い。

それから、手紙を引きだして、読んだ。

廊下をへだてた浴室の方から、親子が話している声が聞える。ガラス戸越しで、くぐもったひくい声なので、なにを話しているのかはわからない。

「お父さん、流しましょう」

そういわれて、金五郎は、勝則に、背をこすらせていた。そして、今夜のパナマ丸の荷役のこと、このことから、三菱炭積機問題の複雑怪奇さ、友田喜造との関係が、いよいよ、土壇場を思わせるこじれかたをして来たこと、衝突と爆発はまぬがれられぬ――そんなことを話していると、

「お父さん、この字は銘ですか」

左腕を石鹸で洗っていた勝則が、訊いた。

「メイ?……なんか、字が書いてあるか」

「この、龍の尻尾の鱗に、「京」という字が彫ってありますよ」

金五郎は、びっくりした。しかし、とっさに、なに気ない様子で、

「そうか。そんなら、これを彫った京次郎という彫青師の頭文字じゃ。……へえエ、これまで、気づかんじゃったが、……」

自分では見にくい、腕の裏のところ、また、よほど注意してみないとわからない小さな鱗の一枚に、お京は自分の名を刻みこんでいるのであった。

勝則には、父の驚愕の意味などはわからないので、