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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
狐忠信に扮して踊っていたのは、「チーハー」の島崎勇次がひいきにしている文路という芸者だった。舞台の袖に、「文路さんへ・島崎勇次より」という、格段に目立つ花輪がある。
頭から足の先まで黒装束の黒子が、長い竿の先につけた火の玉を、忠信の動くにつれて、移動させていた。お堂の格子の前に来た忠信が、縁に膝をついて、形をきめ、ちょっとの間、静止したとき、急に、ゆらゆらと屋根がうごいたと思うと、すさまじい勢で、頭上から落下して来た。文路は、飛びのいて、危うく、下敷きになることからまぬがれた。びっくりした黒子が、火のついている竿をすてて逃げたので、見る間に、紙張りのお堂に燃えついた。
劇場のなかは、たちまち、大混乱におちいった。
火を消すために、大勢の者が、舞台にかけあがって来た。バケツや桶に汲まれた水が、どんどん、ぶっかけられる。長い竿をふりまわして、叩き消そうとする者もある。
「火事じゃあ」
「逃げれえ」
観客は、押しあい、へしあい、われ先に、場外へなだれ出て行った。火の粉が天井までもふきあげられ、逃げまどう客たちのうえに降り落ちる。女子供が多いので、けたたましい悲鳴、泣き声、怒号、が入りみだれて、そのすさまじい混雑は、まさに、地獄図絵といってよかった。