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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
お京は、ふるえる手で、おれの左腕の龍の鱗に彫りこんどった、「京」という自分の名を、消してしもうたんじゃ」
そこで、ちょっと、言葉が切れた。
しいんとなる。それこそ、真の闇であって、なに一つ識別することが出来ない。秒を刻む時計の音に、ときどき、ミシミシ、と、家のどこかが鳴る音だけだ。
金五郎の声が、また、暗黒のなかで、おこった。息苦しそうな調子である。
マンは、全身を耳にした。
「おれは、お葉から呼ばれて、別室に行った。お京の家は浅草の千束町にあった。なにをしとるやらわからんような、植込みの深い、黒板塀の家で、古い建物じゃけんど、割方、大きな二階家じゃ。稽古場のあるところを見ると、お葉が踊りの師匠でもやっとるんじゃろう。
お葉はうす化粧して、銀杏返しの髪を結うとる。おまけに、元禄の着物を着て、それが、昔、お京の着とったもんちゅうことは、じき、わかった。なんば親子というても、こげえも似るもんじゃろか? そっくり、……というよりも、若いお京がおれの前に居るごとあって、おれは胸がドキドキした。おれは、思うた。
(おれが芝居気があって、よう、つまらん芝居をするが、お葉も、大層、芝居気があるわい)