轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
その他、作中人物の関係者は少くない。
『花と龍』はもっと沢山かきたいことがあったのであるが、あまり下手の長談義になっても困るので、多くの素材を割愛した。大正時代を飛ばしたので、自然に、明治篇、昭和篇という前後篇二部の形になってしまった。大正時代のことは機会をあらためて書くつもりだ。小説は昭和十二年七月七日、日華事変をもって結びとした。その年の九月十日、私は召集を受けて出征した。杭州湾敵前上陸以後、昭和二十年八月十五日、祖国の敗北の日まで、私は方々の戦線をさまよい、その間に、『土と兵隊』『花と兵隊』『麦と兵隊』の三部作をはじめ、多くの戦記文章を書いたのだが、昭和十七年、破天荒のことが起った。「玉井組」がなくなったのである。父が一生を賭けて来た玉井組は、国家総動員法による企業整備にもとづき、個人企業として強制的に解散せしめられた。巨大な権力と命とで否応はなかった。しかし、父は歯をくいしばり、涙をのんで、「お国が勝つためにそれが必要なら仕方がない」といって、愚痴をこぼすことはしなかった。けれども、父がそれ以後めっきりと元気がなくなり、急速に衰えを見せはじめたことははっきりと私たちの眼に映った。