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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

扉口で直立の姿勢をとると、

「安南帝国外務省二等出仕、皇帝附き諜報部長、宋秀陳」

と名乗る。

又してもえらい奴が入って来た。もはや加十は観念する外はないのであろう。しかし加十にはすでに述べた通りたいへんな抱負があるのだから、それにしても何とかしてこの難場を切り抜けようと、あらゆる思考力を非常召集してアレコレと考え廻したが、格別いい智慧も出て来ない。いよいよいけなければ何とか談じるまで。ままよ、という気になって、尊大な声で、

「ウム、これへ来て掛けなさい」

と今まで花が坐っていた椅子を指した。諜報部長は後退りして、

「つがもない、どうしてそのようなことが」

「掛けたまえというのに」

部長はいよいよ身を固くして、

「手前らがどうしてそのような恐れ多いことが」

加十はやけっぱちになって、

「いいから、掛けろい」

部長は身をかがめながら進んで来て正しく椅子に掛けると、うやうやしげに加十の面を注視しながら、

「手前らがこの椅子を頂戴いたしますのは、しょせん、殿下の御命令に服従せんがためであります」

これもまた何か底深い陰謀なのに違いあるまい。皇帝附きの諜報部長が皇帝の顔を見知らぬ訳はないからである。