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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
「ねえ、さぞ、残念でいらっしゃいましょうねえ」
「残念でたまりません。……おや、どうしたんです、お花さん」
見る見るうちに花は血の気をなくして、出来のいい西洋蝋燭のように真ッ白けになり、ズルズルと絨氈の上へ崩れ落ちてしまった。
加十は、おッと奇妙な声を発し、あわてて花を長椅子の上に担ぎ上げると床の上に坐り込み、ぐったりと垂れた花の手を揺すりながら、埓もなく、お花さんお花さんと連呼する。
花は間も無く正気づくと、物怖じしたように長椅子の上に跳起きた。さすがに血の廻りの悪い加十の胸の中にも、温い愛の潮がヒタヒタとこみ上げて来たのであろう、花の方へ両手を伸しながら、何か情緒にふさわしい表現をしようとした時、また支配人が入って来て、椅子の背越しに恭々しく一葉の名刺を差出して引退って行った。見ると、
宋 秀 陳
(伊波当壮 沖繩県人)
と書いてある。
花は溜息をつきながら身仕舞をすると、残り惜し気に出て行く。入れ違いに鏡の中に映じて来たのは、威儀正しくフロック・コートをつけた、色の浅黒い、縮れっ毛の、眼のキョロリとした、前々回、日比谷公園池畔、「唄う鶴の噴水」の会場で、片手に東京地図を握りながら、いつまでアッケラカンと青銅の鶴の口元を眺めていたあの異風な紳士である。