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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
加十は横手を打って、
「あ、すっかり忘れていた。どうか、その儘その儘。手元に置いたってさして益のあるものでもないからね」
どうして、加十もなかなか馬鹿じゃない。警保局長は畏って三歩ばかり引き退ると、代り合って欧亜局長が進み出で、
「承りますれば、両三日中に御帰国の由で御座いますが、お名残惜しく存じております。この度は散々の不始末で、日本に対する印象を御削害されたことと存じまするが、何卒これにお懲りなく……」
この談判を残りなく叙述するとはなはだ飛躍した演劇的場面になるのだが、しかしこんな事をいつまで書いていたって仕様がない。あとは大体読者の御想像に任せるとして、要するに、この二人の局長は宋諜報部長を丸め込むに足るようなさまざまな悪智慧をつけた上、マゴマゴせずに早く寝ろ、という意味のことをねんごろに暗示して引退って行ったのである。
ちゃんと手筈がしてあったものか、ほとんど入れ違いに宋秀陳が帰って来た。警視庁で強かに歓待されたのであろう、微醺を帯び一種発剌たるあしどりで入って来た。扉口で敬礼すると恭しく加十の傍へ寄って来て、
「ああ、何たる光栄ではありましょう。