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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

「おい、何とかいえ、ぬかせ」

バロンセリはなにか悩ましそうに眼を伏せながら、

「な、なんといやいいんだ」

ハッチソンはキリキリと歯噛みをして、

「ここは順化の町端れじゃねえ、東京のど真ン中だ。俺を出し抜こうたって……、おい、王様をどこへやった」

「俺ァ知らねえ」

「おお、そうか。初日の蓋が開いてるてえのに、あんなところで何をしていたんだ」

「ひいき筋よ」

「やかましい。……てめえ、俺を出し抜いて野毛山へ王様を売込んだろう」

というと、右手でバロンの喉輪を攻め、

「今朝日比谷で騒いでいた安亀の一味十人が「呉竹」の離座敷にいることはちゃんと見通しなんだ。どうだ、恐れ入ったか」

バロンセリは、グッと息を詰らせ、嗄れたような声で、

「知らねえ知らねえ。……何をしやがる。この手は何だ。手をとれ、手を」

と呻きながら、苦しまぎれに上突きにハッチソンの胸を突上げる。ハッチソンはヨロリとなったがすぐ立直り、

「乙な真似をしやがると」

と懐中に手を差入れて白鞘を引ッこ抜きかけたが、思い直したようにまた懐中へおさめ、バロンセリの腕をとるとしみじみとした口調で、

「踏込んで行くのは訳はないが、そうせずに、胸をさすってここで待っていたのは、おめえと二人ッきりで話をつけたかったからだ。