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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

荘の六人の居住者も、まるで一斉に地の底へでも潜ったように、一人としてその消息を捉えることは出来ぬ。

時刻は刻々と迫って、とうとう九時になった。捜査本部の発揚状態は今やその極点に達しようとする。

ところで、警視庁が死物狂いで追求している有明荘六人の住人のうち、伯爵岩井通保と、その妾で元映画女優、今は酒場「巴里」のマダムの村雲笑子、最近アメリカから来た、当時売出しのダンサー川俣踏絵の三人は、今こんなところにいる。

駿河台の郵便局からニコライの聖堂の方へ登るだらだら坂。紅梅町から省線お茶ノ水駅へ出ようとする町の中ほどのところに、「松永」という表札の出た、築地の塀を高く廻らした奥深い構えの邸宅がある。広い前庭にびっくりするような大きな古松が伸び上っていて、それがこの家の目印になる。

なにさま、然るべき紳商の邸宅とも見えるのだが、実はこれは旧東京市内二十六カ所の賭場のうち、もっとも殷賑を極める賭博場で、その方の符牒では「お茶松」と呼ばれる。

関東土木倶楽部の一方の旗頭、鶴見組野毛山の清吉の身内で入舟網之助というのがこの賭場を預っている。以前は、といってもそう久しい事ではない、つい昨年の八月ごろまでは武州小金井に繩張りを持つ、安亀事安井亀二郎がこの賭場を預っていたが、何か間違いを出かしたとみえて野毛山の大親分に盃を