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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
始皇帝張りの大袈裟な黒髯をゆっくり撫でながら、次第によっては許さぬと、キッと二人を睨みつける。今朝以来このテはたびたび用いたので、もうすっかり板につき、いわば威風堂々といった体なのである。
今朝、アパート有明荘で皇帝を鶴子の加害者として引っ括った溜池署の巡査部長が、上長から散々のお叱り受けたことは、この連中の間にも評判になっていたと見え、安南皇帝と聞くよりたちまち悚み上ったようになって、
「これは、……失礼いたしました。どうもお見外れ申しまして……」
加十はひっくりかえるかと思うほどそっくりかえって、
「この辺へ立ち寄ってはいけないのかね」
私服はひたすら恭順の意を表して、
「いえ、……はい。実は……」
「では、なぜ立礼でも立てて置かないのだ。その上に電灯でもつければ申分ないがね。……しかし、そんなものも見当らぬ以上、私の散歩を差しとめる権利はない。のみならず、私は自分の行動を他人から制肘されることを好まないから、最初の目的通り、この辺を少し散歩することにする。心配ならそこに立って見ていたまえ」
といい捨てると、寛々たる態度で噴水に近づくと、つくづくと眺め、そこここと三十分以上も仔細に点検し、それがすむと岸の土手の上下を這い廻って、樹の根方や取るにも足らぬような小さな凹みまで一々手で探って見る。