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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

「おい、踏ちゃん、助かった。大丈夫、大丈夫」

と夢中になって泳ぎ出すようにしながら、

「ああ、僥倖々々、ひょっとすると、これァ助かる……実はね、胸突坂を駈け降りながら、なにげなしに花子の家の二階を見上げると、花子がこうやって窓の閾に肘をついて真上の有明荘の方を眺めていた。月が顔へあたって、ふだんでも白すぎる顔が蒼白く闇の中に浮き上って、まるで女の恨みといったような凄い形相をしてるんだ。今にも宙乗りして、夜叉のように髪を振り乱して飛んで行きそうでゾッとした。……とにかく、俺が有明荘を出たのが四時少し前で、一件のあったのは四時十分ごろだとすれば、ひょっとすると花はあの一件を見ている。俺の記憶ではちょうど月は西へ廻って玄関の窓へまともに射しかけていたような気がするから花のところから何もかも見えた筈だ。……と、すれば俺は助かるわけなんだが……」

踏絵は唐突に口をひらいて、

「花子が窓から顔を出していたというのは確かなんだね。はっきり見たんだね」

「だから、夜叉のような面をして……」

「花子の部屋に電灯がついていたかえ」

「いや、真ッ暗だッた」

踏絵は上眼使いで額を睨み上げながら何か考え込んでいるふうだったが、ニヤリと唇を歪めて笑うと、