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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

それは他でもない、一輪の臙脂色のカアネーションが、今そこから咲き出したようなしおらしい様子をして闇の中に匂っていたのであった。この無趣味索然たる建築場の中に高価な早咲きの洋瞿麦が落ちているなど、これ以上不相応なことはない。されば、その嬌めかしさは一段であって、異様に加十の注意を惹いたのである。

加十がカアネーションを手に取って眺めると、それは茎を短かく切られ、明らかに服のボタン穴に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)されたものだということが判る。

ああ、この一輪の花は建築場に詩趣を添えるほか、ある重大なことを物語っているのである。……王様はここから暗道へ入られた。

読者諸君も多分御記憶になっていられるでしょう。第一回、酒場「巴里」の場で、安南王宗竜皇帝が倫敦仕立てのタキシードの襟に婀娜に臙脂色のカアネーションを※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)していられたことを。これがその夜の花だったのである。

加十は眼を輝かして花を眺めていたが、やがて喜悦に耐えぬ声音で、

「ああ、果して果して、俺の見込みに間違いはなかった。