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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

加十は舌打ちをしながら、今来た道を引返して来ると、来る時は気がつかなかったが、暗道の右と左に横通があって、ずっと向うの方へ続いている。思案した末右の方へ入って行く。ところが今度は行けども行けども涯しがない。耳を澄ますと川波の音のようなものがきこえる。濠の近くへ出たのだと思ってまたやり直す。先刻の三叉のところまで戻ろうと思うのだが、いつまで行っても行き着かない。

見ると、加十が今立っているところは地下道の十字街のようなところで、そこから道が四方へ走っている。泣き出しそうになって地図を検べて見たが、どれがどの道に相当するものやら皆目見当がつかない。もしや電車の響でも聞えないかと思って壁に耳をあてて見ると、何か鼻唄のようなものがきこえる。機嫌のいい酔漢が出鱈目な歌を口ずさんでいるような呑気な調子である。よく聞きすますと地虫の声のようでもあり、やもりの這い廻る音のようでもある。ともかくその音のするところまで行こうと左手の道へ走り込んだが、そこの道の端はまた三叉に分れて蜿蜒闇の奥につづいている。

加十はとうとう大地下道の迷路の中へ迷い込んでしまったのだ。腕時計を眺めるとちょうど正十二時! 午前四時までには余すところあと四時間となった。