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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

昨夜の同業の忘年会に日頃俺を軽蔑する野郎共に多少威勢を示してやろうと思い、血の出るような保証金を払ってタキシードを借り込んだが、それがこんな結果になろうとは思い掛けなかった。馬子にも衣裳というがこんな衣服を引っぱっているとどうしたってしがない雑報記者とは見えまい。その上俺の面相はこれでも相当高尚だから、多分侯爵ぐらいには見えたのかも知れぬ。いや、何が幸いになるか分らぬものだ」

と一人薄笑いをしていたが急にまた落着かぬ顔付になり、

「こんな正念場でニヤニヤ笑って居れるのは我れながら頼もしいが、俺のいまの情況はそんななまやさしいものじゃない。もとより身に覚えのないことだが、然し誰一人俺の潔白を証明して呉れる者はない。あの王様の野郎が俺の身柄を引受けるなどと大束なことを言ったが、その当人が煙のように消えてしまったんでは頼りにもならぬ。はてどうしたものか」

と頻りに首を捻る態。

事件の情況は加十にとってことごとく不利であって、退っ引ならぬ羽目に落ち込んだようである。然し考えてみると自分の寃を言い説く道はたった一つある。

加十は昨夜一ト口も安南王の身上に触れなかったが、仮りに宗皇帝と手を携えて「巴里」