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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

……そういう声は古市加十君ですね。いったい何が危険だというのです。まず、それから話して見ていただきましょう。なるほど、ここは不潔には不潔だが、私の考えるところ、さして危険などがありそうには思えぬが」

「ああ、あなたの気の長いのにも弱ってしまう。いまそんなことをクダクダとやっている場合でないんです。わけはお話ししますから、とにかくこっちへ来て下さい」

「来いというなら行きますが、いったいどう行けばいいのですか」

「あなたの頭の上に細い鉄管が通っているでしょう。それについてズンズンこっちの方へ歩いて来て下さい」

天井を見ると少し高いところに三本ばかり大小様々の鉄管が通っている。つまり、異様な声はそのうちの一本から響いて来るのだということが判った。その管が伝声管の役目をしているのだ。

加十はその管について少しずつ歩き出す。なるほど、歩くにつれてその声はだんだん近くだんだん明瞭になる。

それにしても、ドスのきいた、錆のある、ひとを小馬鹿にしたようなこの特色のある声は、確かにどこかで一度きいた覚えがある。それも大して古い話ではない。つい二三日前、どこかの場所でそれを耳にして、少なからず鮮やかな印象を与えられたその声なんだが……ああ、この声の主さえ判ったら! その思いがまるで火のように加十の頭の中を駆け廻る。