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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
が、それが誰の声だったのか、どうしても思い出すことが出来ない。
天井を睨みながらスリ足をして進んでゆくうちに、突然、自分の足の下に手ごたえを感じなくなり、自分の身体が宙に浮いたかと思うと石のように急転直下して、イヤというほど固いものの上に叩きつけられた。
ひどく背中を打ってしばらくは起上ることも出来なかったが、ようやくのことに身体をもち上げてその辺を手探りして見ると、どうやら自分は深い穴の底のようなところにいるらしい。撫で廻し見ると、常にジメジメした苔のようなものがさわる。あわてて滅多無性に苔の上を掻き探すと、ようやく指先に手提電灯が触れる。電灯をともして見ると、いかにも自分は広い深い古井戸の底のようなところにいることを発見した。天井ばかり睨んで歩いていたので、ウッカリとこんなところへ落ち込んでしまったのだ。縦孔の縁までは十尺以上もあろうか。もちろん、背伸びしたって飛び上ったって、そこまで届きはしない。いかに土性骨の太い加十であるにしろ、これには思わず慄え上ってしまった。
今までは危なくなったら逃げ出せばいいと、多寡をくくって平気でいたが、これでは逃げ出すどころか、下手をすると命が危ない。