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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
自動車の用意が出来ました、と言って引退る。
加十は思わずドッキリして上眼で署長の顔を見ると、仔細らしく引結んだ唇の端を歪め、どうやら薄笑いをしている様子。いかに加十を高貴な人物と早合点したとしても、警察から自動車で送り返すなどは有り得べき事ではない。思うに今までの悪丁寧なやり方は、胡魔化して警視庁へ送るための策略だったのだと思ったから加十はまたまたガッカリしたが、外見は悠然と立ち上ると署長に導びかれてシオシオと自動車に乗り移る。
自動車は虎の門から霞ヶ関の方へ。正しく警視庁の方角へ走って行く。フト幌の覗き窓から後方を見ると附かず離れずといった具合に尾行して来る一台の自動車。その中には私服らしいのが三人までも乗っているので。
加十は泣きっ面になり、ついさっきの決心も挫けかけて来たころ、どうやら自動車が停った様子なので怖々その方を眺めると警視庁の大玄関と思いのほか、それは帝国ホテルの車寄せだったのである。
見ていると後方の車から私服の一人がヒラリと飛び降りて、ホテルの中へ入って行ったと思う間もなく、支配人めいたモーニングの男が小腰を屈めながら駆け出して来て、恭々しい一礼とともに加十の自動車の扉を引開けた。