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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

加十は勝手にしろという気になって自動車から降り立つ。支配人は先に立って二階に上り、東側の客間らしい部屋へ加十を導き入れると後退りに扉口の所まで退って行き、そこでまた大袈裟なお辞儀をすると逃げるが如くに引退って行った。

後には加十ただ一人。顎まで埋りそうな安楽椅子に落着かぬ腰を据えながら、安南王が入って来るのを今か今かと待ち構えていると、それから約二十分程の後、廊下の方に足音が聞こえ入って来たのは宗皇帝ならずしてピカピカ光る黒い服を着たボーイ長らしい禿頭。這うようにして進んで来ると、ものも言わずに加十の鼻先に大きな厚紙風のものを差しつける。

加十は度胆をぬかれて心中タジタジになり、恐る恐る手に執ってみるとそれは別に恐れるほどのものではなかった。それは献立表。時刻は正に正午。なるほど王様らしい行届いた仕方だと感服しながら、加十はこういう際であるからしてなるたけ金目のかかった料理を四五品命じると、禿頭は一々それを書きとめてから、

「どちらへお持ちいたしましょうか。何ならば御寝室へお持ちいたしましょう」

と言った。加十はグッと唾を呑み込むと必生の勇気をふるって、