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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

てくれたのだった。それはこんな事情によったのである。

一同が、これはいかんとそろそろ匙を投げかかっていたところへ、有明荘の崖下に住む例の縫子の花が、しとやかな様子で入って来た。冷徹たぐいない真名古明を蹉跌させ、枯渇したその心情に一点朱点をうったあの美しい花である。

帝国ホテルで加十ではない本当の王様に無情い素振りをされて以来、どんなに思い悩んだのであろう。わずか半日のうちにすっかり面窶れがして、それ故にまた一層メランコリックな美しさをました面差を振り向け、台の上の屍体をマジマジと眺めていたが、瞬間の後、魂消えるような甲高い声をあげながらその方に走りよると、ヒシとその胸に縋りついて声を惜しまずに泣き出した。その涙のひまひまに、

「ほらごらんなさい。あたしのいうことをおききにならなかったからですわ。だから、あたしが申上げたように、早く逃げて下さればよかったのです。誰が見たって、あなたははしッこそうには見えませんもの。……あたし、ぶってあげてよ。なぜ、あたしのいうことを聞いて下さらなかったの」

しかし、こんなことを綿々と書いていても仕様がないから、大体このくらいにして置くが、さて、花はこんなふうに赤剥けの頬に自分の頬を擦りつけながらなおもつくづく掻き口説くのである。